炭工房輝で、山の達人にお会いしてきました!
雪深い池田町で山の達人、内藤緑さんにお会いしてきました。 寒さが厳しくなってきましたね! こんな日に福井県の山岳地帯・池田町に足を伸ばすとは よほどの理由があります。 内藤緑さんにお会いするためです。
内藤さんは、農業・森づくり・炭焼き・狩猟 なんでもやってしまう山の達人。 夢想塾の長崎さんもそうでしたが 炭窯など里山のエネルギー循環装置は、そこに詰め込まれた知恵があり それに携わる人は文化の発信者ないし体現者だと思います。 こうした方々に出会うことで、あたかも航海時の灯台のように 自らの位置を顧みることができ、進路を確かめることが出来ます。 今回のお話も驚くことばかりでしたが 中でも興味深かったのがマタギの話です。 ここに紹介したいと思います。 「・・・初めて熊を射止めたときのことはよく覚えているよ。 熊は一生に一度出会えばいい方というが 鉄砲を初めて数年のうちにチャンスが訪れたんだ。 実に不思議なものだったな。 山の尾根に向かえばいいものを わざわざ撃ちやすい場所に来るように 山の斜面を川縁まで降りてきたんだ。 川を挟んで熊と向かい合った。 狙い定めて一発、撃ち放した。 なぜか「この一発しかない」、「この一発で十分」という思いが 頭をよぎった。すると熊は待ちかまえたように弾に当たったんだ。 それからはもう無我夢中。犬と連れだって川を渡った。 しかし熊の姿が見えない。 辺りを見回すと、視界の彼方に黒い塊がと動いた。 息を凝らしながら、距離を保ってじりじり近づいていった。 もう一発撃ち放したときだ。 熊の目線と自分の目があった。 身体を電撃のようなものが走った。戦慄を覚えたよ。 仕留めてどれぐらい経ったろうか、 気づいたらその場に崩れ落ちていて、しばらく身体がうごかなかったなあ。 こうやって動物の生命をとるんさね。 本来みんなが食ってる肉は動物なんさね」。
熊にしろ、猪にしろ、仕留めたらすぐに解体しなきゃいけない。 血抜きの早さで肉のうまさが決まるからだ。 腹を割いて、内蔵をガバッと取り出す。それは大変な作業だよ。
肉・皮・肝・内臓・・・すべて食べられ余すところがない。 狩猟から想像される豪快さと、動物や食物に鋭く繊細な感性が 言葉の端々に感じられました。 生きることの原点ってこういうものだろうか。 忘れられた感覚が内藤さんの中に息づいているように感じます。 こうした生活に入ったのは、大病を患ってから。 「自分がやりたい生き方をしていくことにしたんだ」。
蛇の抜け殻は、傷口にあてると見る間に傷がひいていく。
白くなったオキが、凍てつくような池田の冬を暖めます。
炭窯に案内してもらいました。
およそ3/4の大きさの炭になります。
動物は食物に。 木は炭に。 人は自然を手入れする。 そして人は暮らしていける。 「手入れ」って、生きることに直結することなんですね。 今の社会だと見えにくくなっていることが ここではよく見え、感じられます。 人がその中にいて暮らしてるのが環境。 環境保全の動機は外からやってくるのでなく いつも自然に働きかけている暮らしの内にある。 内藤さんはこうした忘れられつつある文化の体現者のようでした。 そして、ついこの間までは地域社会の一人ひとりが 山の文化や海の文化の体現者だったのでした。