第十回 航海先に立たず / 樋口裕一
2010.09.18 by mikuni.minato
そして塗ってって、塗りこんでいった。
写真の左部分は上塗り完了。中央部分は下塗りに水ハケで湿した上に中塗りを塗っている途中。右部分は下塗りのまま。
下地は見えなくなるけれど、幾層にも重ねて強度や厚みのある質感を出していくのだ。
今回のメイン壁は下地の木組みや裏返し塗りも含めて六層ほどから成る。
裏返し塗り/木ずり下地/下塗り/とんぼをうって伏せ、箒で荒らす。開口部をに縄やジョイントテープで補強する/中塗り下ごすり/中塗りを鏝、ハケ、カワスキ。箒などを使って造形して仕上げとする。
と、そんなわかるひとにしかわからないような説明はそこそこに、モノは実際にできてきたのであって。
壁に鏝をしならせ圧力をかけ、荒磯の脈拍を刻印していく。
そんで撫で上げ、掻き落とし、こすり、切りつけ、削ぎ落とし、繕い、しぶきを撒き散らし、抑え、仕上げた。
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ひとつ、壁ができた。これは僕が自分で一から考えて施工する初めての壁となった。
そして、次は棚を仕上げるのだ。
こいつを。土で塗って仕上げるのだ。
というか、現物が出来上がってきて、ようやくここに出来ようとしているものの完成図の全貌を、ここに訪れる人や関係者各位と共有できる姿勢が整いつつある。
ここまでは自分も目の前の壁が文字通り壁となって僕の目の前に立ちはだかり、それにかかりきりで余裕がなかった。
いまも余裕なんてさらさらないけど、様々な人と話し合う中で、ようやくものごとを整理して考え進めていけるように、少しずつ、少しずつだけれど確実に、そうなってきていると思う。
ここは ”湊文庫”。
三国の特色である「湊」と「文学」を活かして、
潮風に抱かれて色褪せ、三国の風土に同化したような湊風情のある空間で、三国文学を中心に、湊を題材にした古今東西の文学と出あえる場所。
それが”湊文庫”のコンセプト。
そこに管理人は常駐しておらず、無人の野菜販売所のように、棚に並んだ湊の世界に、訪れた人々が思い思いに向かい合える場所。その場でゆっくり本を読んでもいいし、借りて波止場のロープを引っかける鉄杭(ボラードというらしい)に座って海を眺めながら読んだりするのも乙かもしれない。本は「湊文学」をテーマに寄贈を募ったりして集められないか、まずは目録をつくってみようか、などと話している。
あと、内装の間仕切り布は三国が北前船の貿易で栄えた頃のベザイ船の帆のように、帆布に刺子で仕上げてつくれたらいい。(写真資料:龍翔館で撮影)
照明はガラス製の浮きの上部に穴を開けて、照明にする。
シンボルマークはこれまた北前船にちなんで和錨。
早急にそれぞれの図面のスケッチやロゴや試作を上げたい。
湊町の文化的な遺産を十二分に活用して、ただ古く錆びれたとか廃れたとかいうネガティブなイメージから、海風に馴染み、ゆったりと落ち着いた湊町独特の安心感ある風情といったものを、魅力として打ち出していくことこそ、三国湊のブランディングとしてこの二カ月程の間に三国の人や歴史や風土と全身で向き合う中で考えたことです。
しかしここで問題なのです。
制作費、滞在費ともに底をつき、わずかながらの貯金を持ち出してみてもそれも底をつき、メロスのように「やんぬるかな…」という状況でございます。アイディアの全てを実現するのは現実的でないにしろ着地点を明確にしてつかえるかたちにしなければいけない。
自分にはなにもかも初めてということもあって(いいわけにはならないことは重々承知しております)あまりにも金銭感覚や緻密な計画性がありませんでした。
そもそも当初の作品を作る、という計画からは逸脱した企画内容になっていったのであります。
自分は作品をつくるだけなら壁を塗って仕上がればそれでよかったのでしょうが、作品を展示して終わりというそれだけで何かが変わるという風にはあまり思えなかったのです。
点でなにかやっても仕方ないとは三国の町を見守ってきた方々との話でもよく話にあがったことですし、線になるように、いままでこの町が育んできた文脈の中で何か付与できる要素が自分にあるのなら、何ができるだろう、というように(おこがましいかもしれませんが)考えたとき、ビジョンのある作品でなくてはならんだろうと思ったのです。
その結果大がかりになって、自分の力を超える企画故に、いろんな人の身に余る協力を受けることで生かされてなんとか今日まで帆を進めてきたのでありますが、
あと少しのところまできて暗礁に乗り上げてしまわないように、なんとか方策がないものか。問題は自らが動いて招いたことであります。いろんな条件の中で折り合いをつけながら、出来る限りのことはできるように頑張ります。そんな中でアニキの結納で数日間現場を離れなければなりません。めでたいことですが、こんなときに。僕の頭の中もオメデタイ事になってしまいそうです(苦笑)
とにかくどうあってもやりきる以外ない。無我。